、市内の動揺の気配も鎮められまして、それがあまり手際よくいったので、変事前から準備が出来ていたらしいとの風説さえ立ったほどでした。そればかりでなく、高賓如はその激しい時間を一時間ほど割いて、荘家を訪れ、心痛している荘一清と汪紹生とに、変事の真相を伝えてくれました。しかも彼の荘家訪問は、公然となされましたので、やがてそれが、周囲の人々の心を落着ける結果をも斎したのでありました。
変事の夜、柳秋雲は陳慧君に伴われて、呂将軍の宿舎を訪れたのでした。高賓如大佐が軍服姿で出迎え、陳慧君はすぐ辞し去り、あとは二人きりになりました。
「よく決心がつきましたね。」と高賓如はいいました。
「前から決心しておりました。」と柳秋雲は答えました。
高賓如の説明によりますと、この決心というのは、或る特別の任務につくことを意味するのでした。彼はこういいました。「局面が一大転換をして、人心が動揺している時、若い美しい女性の声が如何に大きな作用をなすかは、想像以上のものがある。社会に働きかける人々はこのことをよく知っているが、軍人はあまり知らないとみえて、これを利用した者は殆んどない。然るに呂将軍は、この方法をも
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