柳秋雲は曖昧な表情をしました。
「僕達、心配していたんだよ、なんだか気になってね……。」
 荘一清は快活な調子を装っていましたが、それきり言葉をとぎらしました。
 そして三人は、無言のうちに広庭を歩いてゆきました。暫くして、柳秋雲はちらと汪紹生の方を窺って、突然いいました。
「私、旅に出るかも知れませんわ。」
「え、旅だって……。」と荘一清が尋ねました。
「ええ、駱駝に乗って、長城の上を歩くという夢……あれが、ほんとになるかも知れません。でも……もう玩具も頂いたし……淋しいことも、心配なこともありません……。」
 そのゆっくりした調子には、真面目とも戯れとも判じかねるものがありました。
「また、夢の話だろう。本当なら、僕達も一緒に行ってもいいよ。」
「まだ、夢だか、本当だか、よく分りませんの。」
「だから、夢のような話さ。」
 それきりまた言葉が絶えました。今までの言葉もすべてなにかごまかしだったことが明らかになるような沈黙が、長く続きまして、二人は池のところまで来ました。
 その時、柳秋雲は立止って、苦悩ともいえるほどの緊張した顔付きで、きっぱりといいました。
「あの晩、私は歌をうた
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