と、荘太玄は別な答え方をしました。紫金城や万寿山よりも、五塔寺の古塔や円明園の廃墟の方が、優れた鑑賞者に喜ばれるとすれば、全市廃墟になった後の壮大な城壁こそ、最も優れた鑑賞者に最も喜ばれることでしょう、といったのでした。そしてこの全市廃墟の皮肉は、当時、新新文芸の仲間の話題となっていました。
 そのことを柳秋雲から思い出させられて、荘太玄夫妻は顔を見合せて微笑しました。
 そして柳秋雲は、なごやかな打解けた空気のなかで、荘太玄夫妻に甘えてるかのようでしたが、突然、荘夫人に悲しそうな眼を向けました。
「私、家へ戻りましてから、あまり刺繍[#「刺繍」は底本では「剌繍」]をする隙がございませんの。それで……。」
 それで、お詫びをしておきたいというのでした。彼女は荘家にいた時、荘夫人から刺繍[#「刺繍」は底本では「剌繍」]を教わっていまして、上達も早かったのでしたが、家へ戻ってゆく時に、今後いつか花鳥の立派なのを仕上げてお目にかけると、約束したのでありました。その約束がいつ果せるか、また永く果せないか、自分でも分らなくなったから、許して頂きたいというのでした。
「まあ、そんなこと、どうでもい
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