、柳秋雲はあの歌のことを自分からいい出しました。
「呂将軍が、芝居の歌が大変お好きだから、なにか美しいのを歌うようにと、前の日から頼まれておりました。それで私、恥しい思いを致しましたが、その仕返しに、美しい歌の代りに悲しい歌をうたってやりましたわ。」
「何をうたったんですか。」
「四郎探母の俗謡ですの。」
 荘太玄は憐れみのこもった眼で彼女を眺めました。荘夫人はいたわるようにいいました。
「でも、よくそんなのを覚えていますね。」
「ふだん教わっておりますの。」
 そして彼女は、歌の先生のことを話しました。――それは戯曲学校の年とった先生で、一週に一回ずつ教えに来るのでした。柳秋雲の声をひどくほめて、女優になれば必ず成功すると保証してくれました。然し彼女を戯曲学校に入れることは、陳慧君がどうしても承知しませんので、彼も諦めましたが、それからは、歌曲はその芝居を知っていなければ本当にうたえるものではないといって、稽古の時には必ず、自分でその芝居の所作をやってみせました。というのも、陳慧君はどうしたわけか、柳秋雲に芝居の歌を習わせながら、決して芝居を見ることを許さず、一度も戯院へ行かせません
前へ 次へ
全45ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング