れない気持で、一人で室から逃げ出し、外廊の柱によりかかっていましたが、長い間たったと思える頃、柳秋雲が足音をぬすんで駆け寄ってきました。彼女は汪紹生の顔を見つめて、「お約束のものは……。」とぽつりといいました。汪紹生は内隠しから拳銃の包みを取出しました。柳秋雲はそれを受取って、懐にしまいました。そしていいました。
「私の……すべてを、信じて下さいますか。」「信じます。」と汪紹生は答えました。柳秋雲は片手を差出しました。汪紹生はその手を強く握りしめました。そして薄暗がりの中で、柳秋雲の眼が次第に大きくなり、妖しい光を湛えて、更に大きく更に深くなるように、汪紹生には思えました。彼はその眼の中に溺れかけました。とたんに、柳秋雲は手を離して、風のように立去ってゆきました。――その時の、まるで幻覚のような印象は、非常に強烈なもので、汪紹生は我を忘れ、そこの柱に身をもたせて、いつまでも凝然としていたのでありました。
高賓如はちょっと汪紹生の様子を眺め、荘一清の方をも顧みましたが、何ともいわずに、先に立って室の中へはいってゆきました。
麻雀の一組はゆっくり遊んでいました。他の片隅では、紫檀の器具
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