雲だとばかり思っていました。」
「どうしてだい。」
「彼女も、僕達の仲間でしたから……。」
「だが、陳慧君のところに戻ってからは、彼女も相当変ったろう。それにまた、たとい彼女がいい出しても、それを取上げるかどうかは陳慧君の自由だからね。陳慧君は育て親として、彼女の上に絶対の権力を持っている。」
「それを、あなたは承認しますか。」
「事実の問題だ。第三者の否認なんか、当事者には何の役にも立たない。」
「ひどく冷淡ですね。」
「女の問題について冷淡なのは、僕の立前だ。女はどうも危険だからね。」
 そして高賓如は朗かに笑いました。
 その時、二人は庭を一廻りして、室の方へ戻ってゆくところでしたが、そこの、外廊の柱によりかかって、柱にそえた彫像のように佇んでいる汪紹生に出逢いました。
 汪紹生は潜思的な固い顔を少しも崩さず、荘一清にぶっつけるようにいいました。
「あれは済んだよ。」
「そうか。」と荘一清は答えました。
 高賓如を憚って、二人はそれっきり何ともいいませんでしたが、拳銃の一件だとはっきり通じたのでありました。
 汪紹生はまだすっかり自分を取戻していないようでした。――彼は何か堪えら
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