になっておりました。ところが、荘太玄は市長の役目を冷淡に固辞してしまいましたし、陳慧君の上海行きは延び延びになっていつしか立消えてしまいました。そしてただ、柳秋雲が荘家に委託されることだけが実現しました。
 それから十ヶ月の後、新緑の頃、アメリカから来た老人夫妻の漫遊客を案内して、陳慧君と方福山とは泰山へ出かけました。その一行に、方福山の娘の美貞が加わり、ついては柳秋雲も加わることになりました。その旅から帰って来た時、陳慧君は急に熱を出し、多分の喀血をしました。彼女は苛立って、しきりに泣いたり怒ったりしました。その機会に、柳秋雲は荘家から陳慧君の許へ戻ることになりました。
 荘家へ来ました当時、柳秋雲は、その世馴れた態度と内気らしい寡黙さとがへんに不調和でありまして、眼差には冷徹ともいえるような光を宿していました。然し間もなく彼女は、荘家の温良な雰囲気になずんできまして、その態度には快活さが加わり、その寡黙さは要領を得た言葉と変り、その眼差の光は和らいできました。荘夫人は彼女に興味を持ち、侍女とも娘分ともつかない地位に置きました。美しい彼女の顔立は、横から見れば※[#「臣+頁」、第4水
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