坐った。
「もう戻ろうよ。」
 声をかけられても平助は鍬を離さなかった。
「なまけちゃいけねえ。日を見てみい、まだ照ってるじゃねえか。おいらが若え時分にはな、日が入《へえ》って寺の鐘が鳴るまじゃあ、仕事を止めなかったもんだ。坊様がなんで鐘をつかさるか、お前は知るめえ。野良に出てるみんなの者に、もう戻るがええと知らして下さるためだ。」
「だが今日はもううんと働えたじゃねえか。」
「働えた上にも働かなくちゃあ、生き甲斐がねえ。」
 音吉は口を噤んで、西の山に傾いた赤い太陽を仰いだ。それから眉根を寄せ、両膝の上に頭を垂れて、じっと考え込んでしまった。
「頭痛でもするんか。」
 音吉は喫驚したように顔を挙げたが、それをまた膝頭の上に伏せて、思い込んだ調子で云い出した。
「なあ、おらを暫く町せえやってくんねえか。」
「まだそんなこと考えてるんか、昨晩あんなに云ってきかせたになあ……。お前、一体町せえ行って何するつもりだ。」
「製糸工場で人を傭うだとよ。おら其処で暫く稼えで、金がたまったらじき戻って来るだ。」
 平助は彼を上からじっと見下した。
「おたか[#「たか」に傍点]がそんなことお前に云って
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