方が気楽でええとよく仰言るじゃねえか。」
「そんなこたあ勝手な云い草だあ。」ぶつりと云い切って音吉は父の顔をじっと見た。「なあ、兎も角おら一人でええから、暫く町せえやってくんねえか。」
「いやいけねえ。」と平助は強く頭を振った。
二人は暫し無言のまま、太陽の炎熱の中に立ちつくした。やがて音吉はほっと溜息をつくと、自棄に鶴嘴の柄を握りしめて、木の根といわず草叢といわず、大きな土塊を起していった。平助はその後を鍬で耘《うな》いながら、草木の根を土から選り分けて、それを荒地の[#「荒地の」は底本では「荒町の」]片隅へ運んで、小高い塚を築いていった。
そして彼等の太い息と汗の匂いと、胸の底の思いまでが、蒸し暑い大気に包み込まれてしまった。何処かで鳴いてる蝉の声が、じりじり照りつける日の光と融け合って、大地の上に重くのしかかっていた。
太陽が西に傾いて、蒸し暑い大気の密度がゆるみ、土の匂いがほのかに漂いだす頃になると、平助と音吉とは別々な感じで、その一日の労働を味わった。平助は益々仕事に身を入れ、音吉はぼんやり考え込んだ。
遠い山陰に夕靄の色が湛え初めると、音吉は鶴嘴を投出して草の上に
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