てみねえ、一段歩に何俵という米が出来るじゃねえか。」
「それがおいらの地所だったらなあ!」
「地所は旦那のものでも、仕事はおいらのものだ。よく考えてみねえ、後々まで残る立派な仕事だ。」
 音吉は何とも答えないで、荒地の広さを目分量ではかっていた。平助は眼を外らして、遠く山々の頂に覗いている入道雲を、その山壌《さんじょう》に立昇る一筋の煙を、また広々とした平野の上を、遙に眺めやった。ぎらぎらとした光が一面に漲っていた。彼は眩しそうに眼を瞬いた。

 荒地は野田の旦那の所有だった。
 一昨年の暮、長く腹膜を病んでたおてつ[#「てつ」に傍点]が死んでからは、平助の一家は益々困窮のうちに陥った。二十歳になる二女のおかね[#「かね」に傍点]と、十八歳になる一人息子の音吉とがいたけれど、おてつ[#「てつ」に傍点]が炭坑から連れ戻ってきた孫のおみつ[#「みつ」に傍点]が手足まといになるし、おてつ[#「てつ」に傍点]の長い病気のために借金は嵩んでいるしするので、平助は先の見込を一寸取失って、陰鬱な気持に沈み込み、大きくつき出たおてつ[#「てつ」に傍点]の腹と、水気のために美しく脹らんだその足とを、いつ
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