]はもう隣村の小学校に通っていた。夏休みの間中は、庄吉の家へ生れっ児の子守にいっていたが、九月に学校が始まってからは、午後はすっかり隙だった。学校から帰って来ると、誰もいない開け放しの自分の家に飛び込んで、一人で勝手に食事をして、その朝おかね[#「かね」に傍点]が拵えておいた弁当と渋茶の土瓶とを、平助の所へ持って来た。平助は自分で弁当を持って出ないで、おみつ[#「みつ」に傍点]がそれを届けてくれるのを楽しみにした。そして夕方まで彼女を荒地に引止めておくことが多かった。
 野田の旦那の長男の健太郎が、都の専門学校から夏の休暇に帰省した時、おみつ[#「みつ」に傍点]は綺麗な麦稈帽子を貰った。平助はそれを大事にしまっておいて、彼女が学校に行く時も被らせなかった。が不意にそれを取出して、弁当を届ける時には被って来いと云いつけた。着物も顔も手足も黒く汚れているのに対して、その新らしい麦稈帽子だけが、黄色がかった白色にぱっと冴えていた。
 荒地の中には、白や赤や黄の小さな花が方々に咲いていた。稲田の畔道には、紫雲英《れんげそう》の返り咲きもあった。小川の中や稲田の水口には、小さな魚が群れていた。お
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