初め彼の強情を笑っていた人も、やがてそれを驚歎し初めた。野田の旦那も幾度か、他の村人と合同してはと勧めてみた。然し平助は一人でやると云い張った。彼の仕事はもう彼|独自《ひとり》の生活となっていた。
「地所は旦那のものでも、仕事はおらがものだ。」
 そして彼は殆んど一日も休まなかった。朝早くから元気よく鍬と鶴嘴とをかついでやって来た。そして寺の入相《いりあい》の鐘が鳴るまでは戻って行かなかった。音吉が出奔してから変った点は、日に焼けた額の皺が目立って深くなったことと、口元に何となく粗暴な影が漂ってきたこととだけだった。
 街道には時々遍路者の姿が見えた。大抵二三人連れ立って、互に話をするでもなく傍見もしないで、路の埃を軽く立てながら通り過ぎていった。平助はいつも、その後姿を見えなくなるまで見送った。然し村人の誰彼が時折り通りかかるのに対しては、彼は余り愛相がよくなかった。
「精がでるなあ。」
 そういう挨拶に対して、彼はただ「ああ」と気の無い返辞をして、すぐに向うを向いてしまった。
 然しその頃から、平助はよく孫娘のおみつ[#「みつ」に傍点]を荒地へ来さした。
 おみつ[#「みつ」に傍点
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