だ。午後になると大抵、どちらかの山の峰から、恐ろしい入道雲が覗き出した。そして大きく頭をもたげて、中空を襲いかけるうちに、ゆるやかに横倒しに散らばって、絹糸の風になびくがようにたなびいて、いつしか紺青の空の奥深く消え失せていった。
 そして或る日、遂に雷雨がやって来た。北の山の端からむくむくと脹れだしてきた雲は、見るまに恐ろしい勢で空を蔽うた。銀糸で縁取った白い綿のようなのが、真黒な渦巻きに変って、忽ちのうちに太陽を包み込み、やがて一陣の涼風が平野の上を渡って、大粒の雨がぽつりぽつりと落ちてきた。地平線まで黒い影に鎖される頃から、篠つくような驟雨が襲ってきて、電光と雷鳴とがその間を暴《あ》れ狂った。
 野や森や村落や、凡てのものが息を潜めて、雷雨の暴威の下に黙り返った。麦畑や稲田の上には、風につれてさっと雨の飛沫が立った。濁水が四方から川へ落ち込んで、満々と渦巻き流れた。そして空から地上へと、蒼白い電光が横ざまに滑り落ちて、長く尾を引きながら轟き渡った。
 それが一時間ばかり続くと、何処からともなくただ白い明るみがさしてきて、大地の胸がほっと息をつき初めた。いつしか雷は止み、雨は霽れ、
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