んな服装《なり》して………。」
「これから町せえ行くだ。」
 そして音吉は相手の顔色を窺った。
「ああそうか。」と云いながら専次は眼で笑った。「おたか[#「たか」に傍点]んとけえ行くんだろう。知ってるだとも。大丈夫誰にも云やしねえよ。……早う行けよ。」
「誰にも云わねえか。」
「云やしねえったら。……おらもなあ、そのうち逃げ出そうと思ってるだ。こんな所《とけ》え愚図ついてちゃつまんねえや。その時は頼むぞ。……だが早う行けよ。めっかると面倒だぞ。」
「よし。」
 音吉はすたすたと街道を進み出した。歩きながら懐の財布に手を触れてみた。向うの雑木林の彼方には、一筋の軽便鉄道が走っていた。
 専次は其処に佇んで、音吉の姿が雑木林の中に見えなくなるまで見送っていた。それからほっと溜息をついたが、急に思い出したように、路端の草の上に手洟をかんだ。

 その日は、そしてなお数日の間は、平助の姿が荒地に見られなかった。
 雨のない暑い日が続いた。太陽が沈むと、西の空は紅く夕映の色に染められた。夜が明けると、強い朗かな朝日の光が大地の上に照った。そして昼間は、陽炎が野から立昇り、水田の水が湯のように温ん
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