。どうしてああなんだろう。それが私には淋しい。
 兄さんは今、どこにいるのかしら。何を考えてるのかしら。煙がまた眼にしみて、涙が出てくる……。

 八重子の兄の岩田元彦は、河の縁を逍遙していました。そして考えていました。
 ――河の悠々たる流れ……。それに似た心境でいたいと願いながら、俺はどうしてもそうなれない。三ヶ年の戦陣生活の後、心身を休める閑静な環境を希求して、それが得られないからであろうか。そればかりではない。俺の手におえないような種類のものが、周囲からひしひしと俺を圧迫してくるのだ。
 軍隊では、俺の個人は団体のなかに解消せられて、終日終夜、他人と混淆していた。それから終戦後、俺たちは家畜の群のような一団となって暮し、輸送船につめこまれて、故国へ帰ってきた。ぎっしりつめこまれた上に、船酔い気味の者は寝そべるので、ますます場所は狭くなり、膝を抱えて身を置くだけに過ぎなかった。それから内地の汽車では一層込みあって、つっ立ったまま押し潰されるほどだった。大勢の息と体温とに、俺自身の体臭まで濁ってしまった。
 それでも、河のほとりのこの家を望見した時、俺はほっと安らかな息がつけた。時
前へ 次へ
全25ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング