まったのである。
川原の小父さん小母さんと浩一さんと浩二さんとが、渡し舟に乗って向う岸へ渡るのを、私たちは水ぎわに立って見送った。薄曇りの空で、水面を吹いてくる風は寒かった。私は両袖を胸もとに合せて、なにか大切な思いをかき抱くような気持でいた。まだ小さい頃、両親に連れられて、箱根に旅したり、那須に旅したりした時のことが、ぽつりと思い出された。亡くなったお父さんのことが思い出された。死亡もまた一つの旅ではあるまいか。そうとすれば、お父さんは一人で旅に出てしまわれた。私もお父さんのように、一人きりで旅に出たかった。山や川や海のさまざまな景色が、次から次へと展開してくるだろう。私はその中に溺れてしまい、何もかも、悲しみをさえ、忘れてしまうことだろう。
私はいつしか涙ぐんでいた。涙はもりあがって、瞼から溢れそうになった。袖口でそっとそれを拭いた。私は涙を兄さんに見られるのが嫌だった。けれどその心配はなかった。兄さんは私たちから少し離れて、河岸をぶらついていた。なにかじっと考えこんでいるようだった。
兄さんが考えこんでる時は、怒ってるようにも見える。怒ってる時は、考えこんでるようにも見える
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