。兄さんに行き逢って、兄さんからじっと見られて、珍らしいことには、どうしたのかと尋ねられた。浩一さんと話してたところも見られたにちがいないし、隠すほどのことでもなかったから、私はありのままをうち明け、浩一さんの言葉も伝えた。兄さんの顔になにか烈しい色が走ったが、それきりで、兄さんは黙って向うへ行った。
 兄さんは怒ったのかも知れない。この頃いったいに、たいへん怒りっぽくなった。怒りっぽいくせに、私には殆んど何にも言ってくれない。この二つが私にはつらいのである。兄さんが、中村佳吉さんのように、私に冗談を言ったり、おおっぴらに怒ったり、いろんなことを話してくれたら、私はどんなにか嬉しいだろう。兄さんはいつでも、一人で考えたり怒ったりして、私には何にも話してくれない。小松屋の加代子さんに対しても、兄さんはそうなのかしら。お母さんに対しても、兄さんはそうなのである。川原さんたちを見送りに町まで行く筈だったのに、渡し舟まででやめてしまったのも、兄さんの一人ぎめによるのだった。兄さんはなんにも訳を話してくれなかった。酔ってしまったから、そしてみんな酔っているから、舟までにしておこうと、言いきってし
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