に押っ被さってきたなと思われた瞬間、舟はだっと横倒しに叩きつけられた。それだけで、ひどく呆気なかったが、乗員はもう水中に跳ね出されていた……。
 はっはっは……と重兵衛爺さんが高笑いをしていました。元彦はあたりを見廻しました。仄白い水の肌がゆったりと波動していました。なにか嫌らしい感じがありました。嫌らしく、そして空漠として、掴みどころがありませんでした。
 ――すべて空虚だ。空虚の底にもぐれもぐれ。一人でもぐれ。元彦は俄に明瞭な意識に返りました。そして慎重になりました。三人の者が話にまぎれてこちらに注意を向けていない隙間に、元彦は舟縁から身をずらし、足から胴からやがて頭までするすると水中に浸してゆきました……。
 岩田元彦がいなくなったことを、加代子がまず気付きました。中村佳吉も重兵衛爺さんも立ち上りました。舟がゆれて、加代子はそこにつっ伏しました。
 ただぼーと暗い夜で、呼んでも叫んでも返事はありませんでした。岩田元彦は消え失せてしまいました。重兵衛爺さんは懸命に櫓を押しました。あちこちへ舟をやっても、無駄なことが分りました。舟を岸につけて、三人は家へ駆け戻りました。村人が数人呼び
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