であろう。
俺が驚歎したのは、この中に母が平然と安住していることだった。母にとっては長火鉢のそばに自分の座席さえ一つあれば、周囲で人々が如何に右往左往し混雑しようと、一向平気なのであろう。周囲の混雑をも一種の風景として見ているのであろう。その肥満した身体をどっしりと落着けて、いつもにこにこと愛想がいい。川原一家が去ったあとには、人数も一名多い牧田一家を受け容れることを、苦もなく承知してしまった。中村佳吉は憤慨して俺に言った。
「小母さんはあまり博愛すぎる。」
思いやりのある同情が母の持前なのだ。殊にこういう時勢になると、母はすべての人を気の毒がっているらしい。それでも、牧田一家には、主食ばかりでなく炊事一切を別にして貰うようにと、俺が主張すると、母はそれにもすぐ賛成してしまう。
「その方がよろしければ、そのように申してみましょう。」
こんなことは、母にとってはどちらでも構わないのである。
そうした母だから、八重子の涙をあまり気に留めないのも、無理はない。だが俺は、帰宅してくるとすぐに、妹の涙に気がついた。初めはそれを、群居生活の圧迫からしぼり出される涙だと、俺は思った。俺になる
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