と、高い天狗鼻をうごめかしながら、じっと考えていました。
 すると、どこからともなく、さらさらと涼しい風が吹いて来て、その風上の遠くの遠くに、何とも言えないよい香りのするものがありました。麝香《じゃこう》でも肉桂《にっけい》でも伽羅《きゃら》でも蘭奢待《らんじゃたい》でもない。いやそんなものよりもっとよい、えも言われぬ香りでした。
「これはきっと天下第一の宝物に違いない!」と爺さんは思いました。
 爺さんはもう有頂天《うちょうてん》になって、その宝物を取りに出かけました。
 よい香りは、村の後ろの高い山の方から匂《にお》ってきました。爺さんは天狗鼻をうそうそさせながら、山の奥へ奥へと登って行きました。ところが不思議なことには、いくら行ってもそこへ行きつきませんでした。行けば行くほど、香りは遠い所から匂って来ます。
「これはきっと大変な宝に違いない!」と爺さんは考えました。
 そのうちに、山はだんだん奥深くなって、草木がいっぱい茂っていて、もう路《みち》もなくなってしまいました。その上、爺《じい》さんは長い山路《やまじ》を歩いて来ましたので、腹はへってくるし、足は疲れてくるし、弱ってしま
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