いました。けれど、ただ宝物を取るという欲でいっぱいでした。何もかもうち忘れて進んで行きました。
 にわかに、ひときわ強くぷーんといい香りがしてきました。いよいよ来たなと思って、爺さんは一生懸命に足を早めました。そして山奥の崖《がけ》のふちまで来ますと、あっと言って立ち止まりました。
 まあどうでしょう、崖の下の谷間一面に、素敵《すてき》な花が咲き乱れてるではありませんか。十畳敷《じゅうじょうじき》もあろうかと思われるほど大きな百合《ゆり》の形をした花で、そのビロードのような花びらは、赤や青や黄や紫《むらさき》やさまざまの色をして、その上に金色の花粉《かふん》が露《つゆ》のように散りこぼれていて、それをすみきった日の光が、きらきら照らしているのです。そして涼しい風が軽やかに流れるたびに、息もつけないほどのよい香りが、むらむらと立ち昇ってくるのです。あまりのことに、爺さんはぼんやりしてしまいました。
 やがて我に返ると、爺さんは早くその花を折り取ってやりたくなりました。ところが、崖の上からその谷間に下りるのが容易でありません。ごつごつした岩の崖で、何十丈《なんじゅうじょう》というほど高いの
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