、お爺さんの姿は消えてしまいました。
五右衛門は不思議な気がしました。けれど、もうお爺さんのことなんかはどうでもいいのです。術を授《さずか》った上は、この上もない泥坊になれるわけでした。
二
翌日の晩、彼は喜び勇んで出かけました。かねて見当《けんとう》をつけておいた質屋《しちや》の蔵へ行って、その戸口で術を施《ほどこ》しますと、不思議にも、戸と壁とのわずかな隙間《すきま》から、すーっと中にはいり込むことが出来ました。それで、立派な着物や時計などを思うまま盗んで、いざ外へ出ようすると、さあ大変です。同じ隙間ではありますが、はいるのと出るのとは別だと見えて、いくら術を施しても出ることが出来ません。戸を開けようとしましたが、外から錠《じょう》がおりています。窓の所へ行ってみましたが、太い鉄棒の格子《こうし》がついていて、身体《からだ》が通りません。どうにも仕方《しかた》がありませんので、盗んだ品物をみんなそこに投《ほう》り出して、暗闇の中に屈《かが》み込《こ》んでしまいました。けれども、夜は次第《しだい》に寒くなるし、腹は空《す》いてくるし、もうたまらなくなりました。
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