気にやんでいたのがばかばかしくなって、小野君に傑作でも書いて貰った方が却ってこの児のためにいいかも知れない……などと考えるようになりました。
私が小野君を連れてゆくと、トキエは、別に興味も示さず、また気後れも見せず、以前お座敷での時と同じように、平然と迎えました。そして二階の、日差しの悪い室で、すやすや眠ってる赤ん坊の顔を、小野君は大きな絵具箱を開いて、描き初めました……。
一体、絵が書かれてるところを見ると、私はいつも不思議な気がするんですが……物の形が次第にととのってくるというのではなく、しっかりした腕前の人であればあるほど、ぽつりぽつりとばらまかれた色や線が、ひとりでに生き上って、ひとりでに動きだして、その物になってゆく……そんな感じを受けるんです。小野君の画布の上には、全体が赤の色調をもった、そして所々淡く紫がかった、いろんな線や斑点がばらまかれて、それが今にも一人で動きだして、何かになろうとしています……。見ると、赤ん坊はすやすや眠っていて、真白な着物を着、枕も布団も真赤なもので……丁度人形のようでした。小野君は描くよりもじっと眺める方が多くて、やがて絵筆をすてて大きく息
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