決して質入れするんじゃあない、どうせ受出せないんだから、質流れのつもりで、それだけ金をかしてくれ、その代り、確かに僕自身の作品だよ、とそんなことを云う愉快な男でしたが、それが或る時、どこから聞いたか、私とトキエとの間に赤ん坊があることを知って、その赤ん坊の寝顔をスケッチさしてくれないかと頼みました。私は当惑しましたよ。第一、トキエのことばかりでなく、赤ん坊のことなんか、誰にも秘密にしておいたのですし、その隠れ家に友人を案内するなんか、とんでもないと思いました。然し小野君は至って真面目で真剣です。どこに行っても、赤ん坊の寝顔のスケッチは、何か迷信か、それとも気持の上でか、嫌がられて許して貰えない。君のところは、どうせ隠し児だろうから、逆に厄払いという意味で、ひとつ自分に傑作を拵えさしてくれ……。そういってむりに頼むものですから、母親にきいてみよう、とまあ一時遁れをしましたが、後で、トキエに話してみますと……。
「ええ、いいわ。」
 いつもの通り、簡単明瞭です。一体この女は……と思って、その顔を眺めますと、あの黒目のうわずった妖しい眼付で、何の屈託もなさそうに笑っています。そこで私も、今迄
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