のようではありましたが、地所と家作との一部を、親父に内緒で抵当に入れて、少しまとまった金を拵えました。そして間口二間ほどの小さな商店を譲り受け、多少手を入れ、御菓子化粧品の店にして、彼女を住せました。親元身請ということにして、そっと落籍さしたのです。そして彼女は、とき弥から本名のトキエとなって、新らしい店の女主人となりました。一階の庇の上、二階の窓の前に、「御菓子化粧品」という大きなペンキ文字の看板をかかげ、店にはいい加減に品物を並べ、御菓子にしても化粧品にしても、手のかからない小綺麗なものばかりで、小女を一人おき、二階は八畳に六畳で、そこが彼女の室でした。すぐ近くに魚屋もあり酒屋もあって、いつ私が行っても不自由しませんでしたよ。
 新らしい生活のなかでも、トキエは何の窮屈も不安も感じないらしく、ただぼんやり微笑んでいました。朝は遅く、隣近所の店がすっかり片附いてしまった時分に、漸く戸を開いて、それからゆっくりと、十時頃までかかって化粧品の壜などを置き並べ、夜は遅く、人通りもなくなりかけた十一時すぎに、店の戸をしめるのでした。髪結にだけは、元いた土地まで出かけて、洋髪や丸髷にいって来ま
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