す。中心の心棒みたいなものが、精神か感情かの心棒みたいなものが、なくなってるんです。そして身の持ち方の、しめくくりというか、垣根というか、そうしたものがなくなって、埓をふみ越してしまうんです。一本か二本だけ飲もうと、そう思っていると、つい酔うまで飲んでしまって、そしてあちこち飲み歩いて、とんでもないことをしでかすんです。うちあけて云います。僕は家を空けたことはありませんが、売笑婦を買うこともあれば、みずてん芸者を買うこともあります。許して下さい。どうにも仕様がないんです。然し、信じて下さい、これだけは信じて下さい、愛してる女なんか一人もないんです。」
 山根さんは、眉をしかめもしなければ、微笑みもしないで、南さんを抱きかかえたまま、考え深そうな眼を伏せていた。そしてほっと溜息をついた。
「では、いったい、あなたには何が必要なんでしょうね。」
「それです、それです、何が心要なのか、自分でも分らないんです。ねえ、山根さん……どうしたら……。」
 彼は駄々っ児のように山根さんをゆすったので、山根さんは倒れかけようとして、それをもちこたえた拍子に、異様な笑みをちらと浮べた。
「必要なのは、奥さ
前へ 次へ
全37ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング