まで、とそういうつもりらしかった。南さんは三十七歳で、妻の死後ひどく憂鬱に沈んで、酒をのみ廻っていた。そして別にどうというわけがあってのことではなく、どちらからどうしたということもなく、南さんと山根さんとがへんな仲になった。でも山根さんの様子は少しも変らなかった。一人の女中を指図して、家事一切を厳格に仕切り、正夫を愛した。起床や食事や就寝の時間、お惣菜の種類、衣類の始末、洗濯の仕方、家具の配置、正夫の勉強――来年から小学校にあがるというので少しずつ文字を習わせていたのだ――交際の範囲及び程度、凡てのことが規矩整然と行われた。それから南さんの性慾の問題も適宜に。その上、山根さんは相当な財産をもっていて、ゆくゆくはそれを正夫に譲るという口吻をもらしていた。既に私財で南さんの家計を補うことも度々だった。そういうわけで、南さんは妻の死後、理想的な境遇に在る筈だった。毎日ある私立大学に勤めていて、専門の研究も大に進捗する筈だった。ところが、事実は逆で、南さんは次第に自暴自棄なところまで出てきて、酒をのむことが頻繁になり、道楽も度重ってきた。そして先夜のことなんか、どうも、おれには苦笑ものだ。尤も
前へ
次へ
全37ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング