何のことだか。だが、訳の分らないちぐはぐなところが、実は肝腎なんだろう。他の女給たちもやってきて賑かになり、南さんもけろりとして冗談口をききだしたし、蓄音機も先程からじゃんじゃん鳴り出し、客もふえてきた。おれも酔っ払うとしようかなと考えた。どうです、と南さんに囁いてやると、南さんはにやりと笑った。気色のわるい笑い方だ。頭の大部分が酔いしびれて真中にぽつりとさめてるところがあるような様子だ。
それにしても、登美子はあれからちょっと出てきて、たて続けに酒をのんだきり、どこかへ行ってしまった。おれは待ちくたびれて、何をしてるのか見にいってみた。
向うの、ボックスの奥に、ただ一人ひっこんで、彼女は鉛筆をなめていた。顔を真赧にしていた。その前の書箋をのぞきこんで、ははんとおれは思った。
彼女は書いていた――
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あなたが私に感謝していらっしゃるように、私もあなたに感謝しております。ばかばかしく感謝しております。――(そこで彼女はつかえている。おれは助言してやった。彼女は書いた。)――私はあなたから特別にお金を頂いたことはありません、昨夜も、だから、対等に感謝してよいわけ
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