に握手しよう……。そのために、今日やって来たんだ。分ってくれるだろうね。」――南さんが真剣なだけに、おれもさすがに冷やりとした。――「僕は君を……愛してはいないが、好きなんだ。あのまま別れるのも嫌だから、感謝してることをはっきり云って、何事も水に流して、気持よく握手しよう。」
登美子は石のように固くなっていた。南さんが手を差出したのも知らん顔で、ビールをあおった。
「ほんとに感謝していらっしゃるの。」
強い視線をちらと向けた。
「ほんとだ。」と南さんは自ら頷いた。
「あたしも、感謝していますわ。」
氷のような言葉だった。そして彼女は立上った。
「飲みましょう。あたし、酔っちゃうわよ。日本酒もってこよう。」
彼女は向うの女給たちに呼びかけた。
「いらっしゃいよ。南さんから、さんざんお惚気きかされちゃったわ。きいてごらんなさい、素敵よ。」
南さんはもう、快い――錐で痒いとこを突刺されるような感じらしい――微笑を浮べていた。
おれは頭をかいた。どうもはっきりしないんだ。いろいろなことはよく分るが、それがみんなばらばらでまとまりがつかないし、南さんの話にしたところで、恋人なんて一体
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