に愛していてくれる。」――きいていておれは首を傾げた。――「ところが、僕たちは、いろんな事情で、なかなか逢えなくなってしまった。然し……いろんな事情……そんなもの、僕に何の関係があるんだ。逢おうと思えば逢えるさ。だが、そうかって、いくら恋しあった仲でも、しょっちゅう逢っていなけりゃならないてこともないだろう。いつか逢えればいいんだ。それにまた、知らないひとに逢ったほうが面白いことだって、あろうじゃないか。」――そうだそうだ……とおれは頷いてやった。――「そういうわけで、僕は可なり身をもちくずして、酒ものめば放蕩もしたものだ。それが癖になって、しじゅう出歩き、仕事もなにも手につかず、根気もなくなり、何事も面倒くさくなったが、それと一緒に、一方では、恋人のことも影がうすれていった。彼女なんかもうどうでもいいと、そんな風に思うようになった。こうなったら、もう恋人もないと同様だね。いや初めからなかったのかも知れないよ。だけど、あるにはある。あるけどない。」――何を云ってるんだ、とおれは呟いてやった。――「ところがだ、その……もう無いに等しい恋人の姿が、ひょいひょい、思いもかけない時に、僕の前に
前へ 次へ
全37ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング