ど……。」
登美子はひどく冷淡にとりすまして、それも、どこか慴えてるのを押し隠そうとしてるせいもあるらしく、気味わるそうに南さんの様子を見ていた。
その時、南さんはふいに両腕を押して、体操でもするような恰好をし、それから拳《こぶし》で卓子を叩いた。
「ビールだ。」
一人になると、南さんは何か駭然として眼を見張り、やがて急に、両手に額を埋め、上目使いに眼を見据えて、静まり返った。何とも云えない憂欝な表情だった。少しの弾力性もない、泥沼みたいなものだ。そしてその憂欝が、次第に、ごく自然に、自嘲の影を帯びてきた。醜い顔だった。酔いの赤みも、血のけも、そして恐らく一緒に意識も、引潮のように引いて、死の一歩手前の停滞だ。それはおれにも珍らしく、じっと見ていたが……そこへ、登美子が戻ってきた。
「二本一緒にもってきたわ。あたしも飲むわ。」
南さんは夢からさめたように顔をあげ、眼をしばたたき、身振りで登美子をそばに呼んで、自分のわきに坐らした。そしてビールを飲みながらの話――「僕には、打明けて云うと、一人の恋人があるんだよ。僕はその人を心から愛し、生命をかけて恋している。向うでも、僕をほんと
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