然るに、君枝に逢ってみると、やはり、手掛りのつけようもないという気持を新たにするの外はなかった。正彦の行動を君枝はかなりよく知ってるらしく、こんなことを云うのだった。
「あの人も、お酒ばかり飲んで、気の毒な人だと思います。」
それも、自分のような病弱な妻を持って気の毒だというのではなく、身を持ち崩しかけてる人だという冷静な批判で、それが良人に対する妻の言葉なだけに、吉村は肌寒い思いがした。肌寒いと云えば、何かにつけて君枝にはそういうところがあった。書いた文章にもそれが現われていた。一体、すぐれた文章なり作品なりが書ける女は、その容姿とか動作とか言葉とか、どこかに女性らしい色艶があるものだということが、吉村の持論だった。顔の美醜や、肉附の多少や、声の清濁や、行儀作法、そういうものとは全く別な、何か自然的な女性的な柔かな香りとでも云えるものがあり、そうした雰囲気を濃く立てる者ほどすぐれた文章が書けるのであり、文章は謂わばその雰囲気から萠え出るのである。とそう吉村は観ていた。勿論、多少の例外はあり、また偉大な創作などについては別問題だが、普通の婦人の普通の文章などについてのことである。
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