て来、それからちょっと庭先に来たきりだったが、其後は、李と二人で、しばしば吉村の宿に遊びに来たり、散歩に誘いに来たりした。その地で吉村は、ただがむしゃらに、原稿紙に文字を埋めることにかかっていて、構想や夢想に耽ってる場合でなかっただけに、次第に、二人へのおつきあいの時間が惜しまれてきた。
吉村がこちらに来て上山君枝を訪れたというのも、実は病気見舞かたがた、といっても彼女の肺患は軽微なもので、まあ謂わば、その心境打診のためもあったのである。君枝の良人の正彦は吉村の旧知で、君枝が随筆風な或は小説風なものを書き綴るようになってから、吉村さんにでも見て貰ったらと口を利いたのが正彦だった。既にその頃から、彼等夫婦の間は面白くゆかなかったらしく、君枝が肺を病んで海辺の別荘に来てからは、正彦は相当な財産があるにまかせて放埓になり、或る恋愛問題にまではまりこんでいた。この恋愛問題については、吉村と上山は明らさまに話し合ったことはなかったが、既に君枝にまでうすうす知れてることが二人の間に了解されていたのである。危い瀬戸際だということが、吉村にはっきり感ぜられ、自分の尽すべき途はないかとまで考えていた。
前へ
次へ
全23ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング