いい加滅相槌をうっていた。考えてみると、吉村自身、ちょっと外国文学を日本語に和訳したことがあるのだった。それはよいとして、彼女はまた李の方に尋ねかけたのである。
「あの男が叫んでた言葉は、ほんとにどういう意味でしょうね。」
もう吉村も李も返事をしなかった。そのまま消えた言葉は、なにか残忍な執拗なものを跡に残した。
宿に帰っても、吉村はそのことが変に気にかかった。
三
その翌日、夜になって、李が一人で吉村を訪ねて来た。
「明日、東京に帰ります。」と李は云った。
その顔を、吉村はじっと見ながら、彼に対して自然と心が開けるのが嬉しく、すぐに云い出した。
「昨日の、あのことだろう。そう気にしなくてもいいじゃないか。」
「気にはしていません。」
そして李はちょっと微笑した。
「損をしたという気がします。」
「へえー、損をしたって、分らんね。」
「よく考えてみると、半月ばかり損をしました。なんだか、上山さんが好きだったから……恋愛じゃありませんよ、ただ好きだったから、うかうか遊んでるうちに、勉強の方を、半月ばかり損をしていました。」
そして李はまた微笑した。
「それに
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