すでしょう。」
吉村があやふやな返事で打消そうとしてるのを、彼女はお構いなしに考えを続けた。
「あの男だって、捕えられておいて、どうせ空巣ねらいか掻払いか、そんなことでしょうが、引き立てられてゆくところを、逃げ出そうとするなんて、卑怯じゃございません。また支那人なんか、なんでも、見当り次第のものを持ってゆこうとしますが、声をかけられると、そこに黙って置いていきますでしょう。これだって卑怯ですわ。けれど、その卑怯だという感じは、日本人だけのものかも知れませんし、支那や朝鮮にもやはり卑怯という言葉はございましょうし、結局のところ、言葉の意味というか、内容というか、それが違うのじゃないかと思われますの。民族の血の問題でございますわね。」
「そんなこと云ったら、外国人同士は話が出来なくなりますよ。」と吉村は笑ってしまおうとした。
「ええ、本当の話は出来にくいと思います。翻訳にしましても……。」
そして彼女は翻訳の話にはいっていったので、吉村はほっと息をついた。絶対に翻訳のむずかしい作品もあり、また比較的容易い作品もあるが、然し要するに完全な翻訳というものは不可能に近いという悲観論に、吉村は
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