三度表の方を覗きに行った。久七は古新聞紙の切端に包んだ物を寝床の横から取出して、上り口までのっそり起き出て来、彼女の様子を怪訝そうに見守っていた。
 飯がぐつぐつむれてる間、つる[#「つる」に傍点]が一寸上り框に腰をかけた時、久七は新聞紙包みを大事そうに差出した。
「これお前にくれてやるべえか。」
 云いながらにこにこ笑ってるので、つる[#「つる」に傍点]は一寸手を出さなかった。
「そうら!」
 投り出すはずみに紙が破けて、椿の実が転り出した。
 土間へ転り落ちそうなのを四つ五つ両手で押え止めながら、つる[#「つる」に傍点]は大きく見張った眼をくるりと動かした。
「こんな物《もん》何するつもりだね。」
「お前にその髪毛洗って貰うべえと思っただ。」
 つる[#「つる」に傍点]は首を縮こめて笑いだした。
「こんな青っぺえなあ、あくがあって駄目だあ。お前の髪洗うにゃよかべえ。……おらが拵えてやろ。」
 彼女は一寸考えてから、椿の実を包んで表へ飛び出した。
 久七は呆気にとられてぼんやりした。それから、くしゃくしゃな渋め顔をして首を垂れた。
 が、つる[#「つる」に傍点]は長い間戻って来なかっ
前へ 次へ
全18ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング