見張って続けた。「こっちい来てみろ。お前の髪毛どねえ匂いがするか。」
 振り向いたつる[#「つる」に傍点]の眼は急に険を帯びた。
「行くもんか。寄っつくと虱がうつるちゅうだから。」
 久七はにやりにやり笑っていた。彼女は眉根に皺を寄せて口を尖らせた。
「煩《わずら》ったらおとなしゅう寝てるもんだ。」
 彼女はあたりを見廻した。釜の湯は煮立っていた。室の隅の板敷の上に、白木の箱膳が散らかっていた。その中から竹皮包みの沢庵を取出して、大急ぎでぶっ切った。それから飯櫃の中を覗き込み、釜の湯を薬鑵に移した。
「飯がまだどっさりあるだから、湯うぶっかけて一人で食うがええ。」
 怒った声で云い捨てて、彼女はぷいと出て行った。
 久七はぼんやり彼女の動作を見守っていたが、一人になると、表の夕明りをじっと眺めた。それから俄に急《せ》き込んで、残りの酒を飲んでしまい、のっそり土間に下りてきた。ふらつく足を踏みしめて、外に出てみると、まだ陽が没したばかりのだだ白い明るみだった。
 家のすぐ前に、竹藪の下から湧き出る水が、泥深い池を拵えていた。その向う岸に、笹の間から椿の枝が伸び出して、黝ずんだ堅い実を幾つ
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