横たわってる真黒な物影が、むくむく起き上るのが見えた。起き上ってしまうと、月の光りを受けて真白になった。それが皆真裸の彼女の姿だった。顔だけが見えなかった。乳房と腹と臀とが馬鹿げて大きかった。それが踊るような恰好で、両腕を拡げながら、がっしりとした力強さで飛びついてきた。がその度毎に彼はよろけて、よろけるはずみに、彼女――彼女等の腕の下をすりぬけた。それが我ながら腹立った。踏み止って彼女等の腕に捕えられようとしても、どうしても出来なかった。彼女等は四方から追ってきたが、その肌に触ることさえ出来なかった。……彼女等の踊りは益々激しくなった。しまいに一団の竜巻みたいになって、くるくる廻りながら遠ざかっていった。彼はその後を追っかけた。赤い頬辺《ほっぺた》が笑っていた。無数の手がこちらをさし招いていた。するうちにどしりと躓き倒れた……。
 眼を開くと、室の中は真暗だった。破れ雨戸の隙間から、蒼白い光りが射し込んでいた。彼はそれをじっと眺めていたが、やがて胸をわくわくさしながら起き上って、そっと雨戸を細目に開いた。ぱっと明るい月夜だった。夜鷹が鳴いて飛び過ぎた。水の無い水田の黒い地面が遠くまで
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