もらして尋ねても、もう二度とは言われないそうですね。家の出入りには、家人の誰かが必ず玄関に三つ指をついて送迎しなければならないそうですね。家人達と食卓を共にせず、別な室で独りお膳に向われるそうですね。風呂をわかす日に、帰宅が後れて、家人の誰かが先にはいっている時には、もう風呂にはいられないそうですね。或る親しい友人が、その細君の歿後、昵懇な[#「昵懇な」は底本では「眤懇な」]芸妓を家に入れると、すぐに絶交されてしまわれたそうですね。その他さまざまなことをあなたは私に話しました。今時もまだ、そういう風な家長がいないことはありません。殊に古い大家には残っているでしょう。だがあなたの家は、お父さん一代で現在の富と地位とを築き上げられたのではありませんか。それもまあよいとしましょう。ただ、私の腑に落ちないのは、そういうことを話す時のあなたの言葉の調子です。
「あなたの語調には、聊かの反感も見えませんでした。うちの家庭の空気は嫌だ、窮屈で息が自由に出来ない、などとあなたは言いながら、それが具体的な事例となると、眉ひとつひそめるでもなく、単なる話柄として話しました。ばかりでなく、なにか得意げなもの
前へ
次へ
全20ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング