、つまり、現在の境涯に不満で新しい境涯を待望するというようなことは、若い女が男に向って訴える場合、時とすると、愛の告白ともなることがあります。あなたの場合も多少その色合がありました。そしてあなたの言葉は私の心に媚びました。けれども、話が抽象的なことから次第に具体的なことに及ぶと、私は一種の驚きを感じ、次には反撥を感ずるようになりました。あなたの家が百万長者であろうと、そんなことは問題でありません。あなたのお父さんがいろいろな会社の重役であることも問題でありません。あなたのお父さんは大して学問もなさらず、独力で孜々として今日の地位を築いてこられたことも、問題でありません。あなたがちょっと好きだったらしい人が、こんどの戦争で戦死されたことも、問題でありません。あなたが教養の一つとして、三浦さんから絵画の指導を受けていられることも、問題でありません。ただ問題なのは……ああ、あなたはどうしてあんなことまで私に話したのですか。
「あなたのお父さんは、家庭内で絶対専制君主だそうですね。一度こう思いこんだことは、是が非でも押し通されるそうですね。どんな用事でも、一度口に出したら、側の者がうっかり聞き
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