ほう……お父さんの子だけあって、なかなか飲めると見えるな。……が、もうよい。それくらいがよい所だ。」
祖父から盃を取上げられたのをしおに、恒夫はふと立上って、次の室の仏壇の前へ行って、しきりに香を焚いた。香の煙の向うから、父の霊が笑ってるように思われた。そしてまた、弟ばかりでなしに、兄や姉や妹や、そんなのを沢山方々に生ましておいてくれてるかも知れない、などと馬鹿馬鹿しいことを考えて、自分で自分に面喰った気持になった。
「恒夫さん、何をしているんです、そんなに煙を立てて。」
母の声に恒夫は我に返って、一寸考えてから答えた。
「僕はあまり香をあげたことがないから、これまでの分を一度に焚いてあげようと思って、それで……。」
そんなことをすると火が危い、と母は云った。祖父は盃を下に置いて、小首を傾げた。が何よりも、祖母の眼に非常に悲しげな色の浮んだのが、強く恒夫の心に触れた。
そして、その跡が後まで心に残ったので、恒夫は母と二人になっても、弟のことを尋ねかねた。ただ父の臨終の模様を悉しく尋ねた。
然し母の話は、父の病気の経過のことや、一時無くなった食慾が甘酒のために出てきたことや、最
前へ
次へ
全33ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング