た。
「僕いろいろ考えてみたけれど、二人っきりなら構わないと思って、やって来たの。」
 その調子から様子まで、先日の茂夫とは全く異っていた。恒夫は一寸面喰ったが、そのはずみを受けて心が躍った。
「僕どんなに待ってたか知れないよ。」
「だって僕はいろんなこと考えたんだもの。君がやって来たのは、僕に恥をかかせるためじゃないかしら、というような気もしたし、お母さんに相談してみようか、と思ったり、何か大変悪いことをしてるのじゃないか、と思ってみたり……いろんなことを考えたよ。でも何でもないことなんだ。僕達は兄弟なんだから、兄弟として親しくしたって、ちっとも悪かないんだね。」
「悪いもんか。……君は変だな、どうしてそういろんなことを考えるの。悪い癖だよ。」
 茂夫の額は一寸曇りかかったが、すぐに前よりは一層晴々と、而も何だか狡猾そうに、輝いてきた。
「僕にはまだいろんな悪い癖があるそうだよ。」
「どんな癖が……。」
「どんなって、自分じゃ分らないが、お父さんがそう云うんだもの。」
「じゃあ、お父さんは君を愛していないんだね。」
「いや、愛してくれてるよ。」
「だって可笑しいなあ。」
「ちっとも可
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