惹かれる淋しいことだった。
家に帰ると、風邪をこじらして寝ついてる祖母の所に、丁度医者が見舞って来ていた。
「お祖母さん、もう桜の花が咲いていますよ。」と恒夫は不満そうに云った。
火鉢の上の洗面器から立昇る湯気の向うから、祖母はしょぼしょぼした眼で見返した。その様子が、恒夫には何だか親しみ薄く感ぜられた。
恒夫は茂夫に逢うのをしきりに待った。茂夫の広い高い額とその下の上目がちな小さな眼とが、頭の中にまざまざと残っていた。それを見つめていると、弟というよりも寧ろ兄という感じだった。
でもやっぱり弟なんだ、陰気な弟なんだ……そう恒夫は自ら云って、胸の底が擽ったいような気持を覚えた。と共にまた、自分自身に張りが出来たような気もした。
茂夫はなかなか、姿を見せなければ手紙も寄来さなかった。恒夫は苛ら苛らしてきた。そして丁度一週間目の土曜日に、彼は最後の望みをかけながら、わざわざ友達から一人後れて、学校の門を出て見廻すと、向うの電車停留場の柱の影に、書物を手にして読んでる風を装いながら、こちらを見守ってる少年があった。それが茂夫だった。
二人は眼と眼でうなずき合って電車道を歩き出し
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