据えて、聞き入れそうな様子もなかった。
「此度は僕の方から、学校へ尋ねてゆくか、手紙をあげるかしますから、それまで待っていて下さい。あなたからいらしちゃいけません。」
 その時彼の顔から眼のあたりに、非常に憂鬱そうな曇りがかけた。見ていると、その曇りがふーっと拡っていって、彼の浅黒い顔全体を包み込んでしまうように思われた。恒夫は一人投り出される気がして、口を噤んで幾度も首肯いてみせた。
 それでも二人は伝通院前まで一緒に歩いていった。背中にさす春日がぽかぽか暖いわりに、地面を流れる空気が妙に薄ら寒かった。
「じゃ此度は屹度、君の方からやって来るか手紙をくれるかするね、屹度。」
「ええ屹度します。よく考えてから……。」
 茂夫は一つ丁寧にお辞儀をして、大塚行きの電車に飛び乗った。恒夫は上野の家まで歩いて帰った。
 何を考えることがあるんだろう……と恒夫は思った。然し茂夫の方が自分よりは、いろんなことを多く知っており、いろんなことを深く考えていて、ずっと豪いようにも思われた。憂鬱な顔をしたり大人びた言葉使いをしたりするのは、そのためかも知れなかった。……が、それは非常に淋しいことだった、心
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