相手に何の反応もないので、彼は云い直した。
「僕は……君に逢いたいと思って……こないだから……。」
「何か僕に用ですか。」と相手は気後れのした声で云った。
 恒夫はふいに、何というわけもなくかっとなった。
「だって……だって君は、僕と兄弟じゃないですか。君も僕のお父さんの子で、僕もやはりお父さんの子なんだから。え、君はまだ何にも知らないの。君のお母さんが僕のうちに来てたことがあって、お父さんとの間に君が出来たんだって……。そして君のお母さんは小野田という家に嫁入ったから、君は小野田と云うんだけれど、本当のお父さんは僕と同じお父さんで、川村というんだよ。だから……。」
「あ、その川村さんですか。」
 突然大人の調子でそう云われたので、恒夫は喫驚して、茫然と相手の顔を眺めた。
「外を歩きながら話しましょう。」
 それは全く落付払った大人の調子だった。恒夫は急に気が挫けて、首を垂れながら、茂夫の後に従って学校の門を出た。茂夫は一言も口を利かず、振返って見もせず、何かをじっと考え込んだ様子で、自家とは反対の方へ、音羽の通りを江戸川の方へ歩いていった。
 茂夫が別に驚いた様子も見せず、また
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