喜ばしい様子も見せないで、思慮深そうに落付いてるのが、恒夫には不思議に思われた。そして、どうしたんだろう……と考えてるうちに、ふっと物悲しい気持に閉されて、涙ぐんでしまった。兄にでも縋りつくような気で尋ねかけた。
「君は前から知ってたの。」
「え。」と茂夫は答えてから十歩ばかりした。「そしてあなたはいつ知ったんです。」
「十日ばかり前、お父さんの法事の時、お祖母さんから初めて聞いたんだよ。それまで僕はちっとも知らなかった。お祖母さんから聞いて、喫驚して、それから急に君に逢いたくなって、何度も君の家の方へ行ってみたんだけど、店に人が坐っていたから……。あれ、君のお母さんなの。」
茂夫は何とも答えなかった。だいぶ暫くたってから、独語のような調子で云った。
「僕は前から知ってたけれど、あなたに逢ってはいけないと、お母さんから止められてたんです。」
「え、何故だろう。」
「大きくなれば分ることですって。」
恒夫は妙に冷りとした感じを受けた。自分が今迄漠然と気兼ねしていたこと、祖父母や母やまた茂夫の家の人達に、気付かれないようにしたいと思っていたこと、それがぼんやり分りかけてくるようだった。
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