、その一生懸命に怺える気持と解き放されてほっとする気持とは、ひいては父の死全体に対する気持でもあった。
 恒夫はその気持をじっと見つめた。胸の中がむずむずしてきて、母に向って飛びついてでもゆきたくなった。が母は、人のよい落付き払った微笑を顔に浮べて、ちらちらとゆらめく仏壇の灯火を見ていた。
 これが自分の本当の母かしら……ふとそんなことを思って、恒夫は眼をくるくるさした。
「お母さん、僕は何時頃に生れたんです。」
 母は遠い処を見るような眼付をした。
「朝の……五時頃でしたかね、なんでもまだ明るくならないうちでした。この子は夜明に生れたから運がいいと、そうお祖父さんは仰言ったんですよ。」
 そして弟は何時頃に生れたんだろう、と恒夫は考えた、どんな風に生れたんだろう……。それは丁度、鶏卵の黄身についてる小さな目、あれをじっと見るような感じだった。
 彼は不意に口笛を吹き出した。元来極めて下手で、流暢に鳴ったためしがなかったけれど、気持だけは朗かに吹き鳴らしてるつもりだった。そして、誰が何と云おうと、弟を探し出してやろう、弟に逢ってやろう、という決心を固めた。

 或る日、恒夫は大塚の店を
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