にも見えず、姿勢もくずれてはいないが、動く模様が更にない。私はそれを室の隅に上から笊を被せておいた。そして二三日たっても、蜘蛛はそのままで生き返らなかった。そのまるで生きた通りの蜘蛛の死体を、私は庭の隅に埋めた。
 それから赤蜂の害が屡々起った。私は赤蜂の姿を見かけると、蝿叩きで叩き潰してやった。が赤蜂は次から次へとやって来た。三四匹一緒に飛んでることもあった。女郎蜘蛛の姿が巣に見えないなと思うと、それは大抵一筋の糸で巣から地面に落ちて、死体となってしまっていた。背と腹との間のくびれた急所に、蜂から喰いつかれたらしい傷跡が見えるのもあった。
 そして、玉川から来た私の庭の女郎蜘蛛は皆、赤蜂のために害せられてしまった。残ってるのはただ、昼間隠れていて夕方から巣に出てくる泥坊蜘蛛ばかりである。
 女郎蜘蛛のあの美しい色彩は、太陽の光の中で赤蜂の好目標となるのかも知れない。恐らく赤蜂は背後から狙い寄って、背と腹との間の急所に喰いつくのであろう。然し、その死体を別に食うのでもないらしいところを見ると、何故の襲撃か訳が分らない。それについては、何れ学者の示教を乞いたいと思っている。が兎に角、赤蜂
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