階段の裏などに、大きな蜘蛛の巣が張られていて、その真中にあの不気味な怪物が控えている時、人の心には知らず識らず、一種の神秘な恐れが湧いてくる。妖怪屋敷や廃墟壊屋に、いつも蜘蛛の巣がつきものとなっているのは、自然そのままの現象ではあるが、また人の心の自らなる連想作用でもある。
蜘蛛のうちでも最も傑出しているのは、女郎蜘蛛である。多くの蜘蛛はどす黒い汚い色をしているのに、彼だけは、背と腹部とに幾筋もの金線をめぐらして、誇らかに光り輝いている。多くの蜘蛛は昼間隠れて夜分姿を現わすのに、彼だけは、白昼も傲然と巣の真中に逆様に控えている。体躯も比較的大きく、最も精悍である。
その女郎蜘蛛が、東京の市内には見当らない。私は未だ嘗て市内でその姿を見たことがない。他の蜘蛛は、それぞれの種類を市内で見かけるが、女郎蜘蛛だけはどこにもいない。けれども、東京の周囲、大森、玉川、赤羽、市川などには、女郎蜘蛛が沢山いる。
昨年の初秋、私は玉川に行ったついでに、大きな女郎蜘蛛を五六匹捕えてきた。ミルクの空缶に草の葉を軽くつめ、その間々に蜘蛛を入れ、四方に錐で空気ぬきの穴を拵えて、紐で下げて来たのだが、蜘蛛は
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