別に弱った風も見えなかった。庭の木に放すと、のそりのそり梢の方へ這い上っていって、枝葉の茂みに隠れてしまった。
 その晩私は楽しく眠れた。「土蜘蛛」や「滝夜叉姫」などの物語を空想することは、吾々の生活を豊かにしてくれる。
 そして翌朝、いつもより早く起き上ってみると、何という愉快さだったろう。庭の木々の梢に、あちらこちらに、美事な大きな巣が張られていて、その真中に女郎蜘蛛が一匹ずつ、逆さにじっと構えこんで、背と腹の金筋を朝日に輝かしているのである。私は嬉しさの余り、妻や子供達を呼んだ。子供達は初めて見る女郎蜘蛛の不思議さと美しさに眼を見張った。美や神秘に対する子供の敏感さよ。だが、田舎の子供達は、女郎蜘蛛の巣で蝉取りの道具を拵えて遊ぶのである。
 それから私は毎日、女郎蜘蛛を眺めて暮した。少しでも変な気配があれば、蜘蛛は巣を揺ぶって警戒する。蝿や蛾が巣にかかれば、一瞬の猶予もなく、飛びついて、くるくると白糸でからめて、巣の中央に持ち返り、暫く様子を窺ってから口をつける。生血を充分に吸う時その腹は大きくなり、食物の不足な時には心持ち小さくしぼんで見える。カステーラの屑を放ってやると、白糸
前へ 次へ
全8ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング